嵐を呼ぶカッター訓練(前篇)

出典元(防衛省HPより引用https://www.mod.go.jp/nda/cadetlife/cadetcorps.html)

私が在学していた頃の防衛大学校は強烈なヒエラルキーがある階級社会でした。1学年はゴミ、2学年はホウキ、3学年は人間、4学年は神様と呼ばれ、61学年のときは本当に奴隷扱いを受けていました。(この悲しき奴隷時代はまた今度書こうと思います)これはそんな防大1学年が人権を得るために戦いを描いたお話です。

カッター競技会とは?

防衛大学校では2学年になると自動的に奴隷生活が終わりになると思いきや実はそうではありません。防大で人権を復活させるには「カッター競技会」を乗り越える必要があります。馴染みがない言葉かと思いますので説明しますとカッターとは短艇のことであり、複数名で漕ぐ大きなボートのことです。

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出典元(防衛省HPより引用)

このカッター訓練も結構キツいのですが、本当にキツいところはこの訓練よりも訓練期間中に修羅の国となる学生寮です。カッター競技会の訓練中は3月の最終週から4月下旬の約1か月ほどの期間で行われます。カッター競技会は各中隊ごとに編成を組み、優勝をすると「金クルー」という名誉を与えられます(ハリーポッターの寮生活みたいな感じです)なお1ヶ月のタイムスケジュールは下記のようなイメージです。

3月中旬~

新中隊の発表

ここで新2学年は新中隊の部屋に集合し、新中隊の上級生たちから暖かい訓示を受ける。なお留年した学生は部屋に残って来年も1学年で強くてニューゲームだ!

3月中旬~
3月29日~3月31日

新入生の入校準備

新入生の着校に備えて新2学年たちが怒涛の如く掃除をするぞ。

3月29日~3月31日
4月1日

新入生の着校

新入生が着校する頃にはすでに新2学年たちは寝不足でくたびれているぞ。

4月1日
4月上旬~下旬

カッター競技会練習

ここで楽しいカッター競技会の練習がようやくスタートするぞ。阿鼻叫喚の始まりだ。

4月上旬~下旬
4月26日前後

カッター競技会当日

この日を超えればついに人権を得ることができます。なお優勝の金クルーとなればご褒美もあるぞ。

4月26日前後

上記の1か月を乗り切れば晴れて2学年として人権を貰えます。

新中隊の発表について

1学年の3月中旬になると2学年の自分の要員(陸海空)や所属中隊が発表されます。昼に情報が開示されるとその日の夕方に新しく所属になる中隊の集会室に招集が掛かります。普通の学校でしたら「君たちが新しい仲間かい!よろしくな!」といった歓迎会が始まると思いますが、防衛大学校は一味違います。

集会室への招集がかかるとまずやることは「作業服のアイロンがけ」と「靴磨き」です。シワが一つもないパリパリの作業服を仕上げて、靴も限界まで光らせるのが最低条件です。そして夕方に自分の限界まで整えた服装に着替えて、決して作業服にシワをつけないようにペンギンみたいな走り方をして、小脇にペンとノートをセットしたバインダーをはさんで自分の新しい中隊がある学生寮に向かいます。

ペンギン走りをするこんな顔した下級生が増える


そうして新しい中隊の集会室の前に行くと集会室の外に殺気立った中隊の上級生が大勢いて「早く入れ」と言われます。滑稽な走り方をして集会室に飛び込み、扉を閉めるとそこには自分の新しい仲間たちがいます。みな顔には悲壮感があり、まるでお葬式なような雰囲気になります。

この愉快な奴隷たちが集会室に全員集まると新しい中隊での歓迎会が始まります。配属が決まった1学年が整列・敬礼をし、その場に座れと言われた瞬間にあらゆる方向から怒声が響き渡ります。集会の趣旨はカッター競技会に向けて準備する物品や中隊の上級生の紹介なのですが、カオスな状況なのであまり内容は耳に入ってこないのです。

だいたい5分~10分ほどするとペンを忘れてきていたり、くしゃくしゃの作業服でやってきた1学年が襟首を掴まれて、集会室の外へ追い出されます。準備を怠る学生は強制的にログアウトさせられてしまうのです。

集会室に出された1学年は再び集会室に入るために上級生に「集会室に入れてください!!!」と叫び、上級生は「お前はもう帰れ!」と怒鳴ります。外から聞こえるそのやりとりを聴きながら集会は続いていきます。一度ログアウトしてしまうともうログインは不可能になるので、ヘマをしないように緊張で作業服は汗で湿ります。

そして全ての伝達事項が終わると「名誉のために・・・死ぬつもりでこいよ」と男塾みたいな一言を上級生から言われて終わります。

集会後に1学年はまるでクモの巣を散らすように集会室から逃げるように去り、学生舎と学生舎の間を走りながら思うのです。

「俺はもう防大辞めようかな・・・」

新入生受け入れの準備(3月下旬)

カッター訓練が開始する前の新2学年にはやることが溢れています。新入生が着校する前の3月29日~3月31日の3日噛んで新しい部屋の上級生への挨拶、新しい隊舎の清掃、新入生の受け入れ準備、ジャージの名札縫い、必要物品の購入など、文字で起こすのは簡単だが一つ一つのイベントに新2学年は命の炎を燃やし、完璧を求めていく必要があのです。

まず新しい部屋の上級生へのご挨拶はアイロンと霧吹きで最高水準までパリパリにした作業服に身を包み、足元の革靴の輝きも至高にする必要があります。その装備を身に包み、他大隊からやってきた初対面の新2学年と共に4月から生活をスタートをさせる新しい部屋に挨拶に行くのです。

たかだか新しい部屋の上級生にご挨拶をするにも最高の礼儀と作法が要求されるので、千利休も腰を抜かすほどの究極の侘び寂びがそこには存在していました。

山田芳裕へうげもの(講談社)より

また上級生へのご挨拶のあとは新しい部屋への荷物の運搬を許されるので、隊舎にあるリヤカーを各大隊の新2学年で奪い合い、夜逃げのように自分たちの荷物を載せ、哀れな奴隷たちは猛スピードで新しい隊舎へ掛けていきます。

そして隊舎に到着した後は壊れたオモチャのように狂ったように「お疲れ様です!」ですと上級生へご挨拶をしながら、荷物を怒涛の如く運搬するのです。新隊舎では全てが危険地帯であり、気の緩みが上級生からの暖かいご指導の対象になるので命の煌きを感じさせるぐらいがちょうど良いのです。

荷物の運搬が終了後には新入生の着校に備えて、怒涛の掃除とワックスがけがスタートします。この掃除も上級生からの熱い叱咤激励が飛び交い、常に戦場状態なのです。ここでプレッシャーに負けた新2学年のある者は大量の雑巾を持って意味もなく駆け巡り、ある者はワックスのバケツを倒すなどの「もはや自分が何をしているかわからない状態」になるがここで屈してはいけません。まだ全ての出来事はスタートなのですから。

日が暮れて風呂、夕食、掃除、点呼とステップに進み、点呼後に再度上級生から招集がかかります。招集がかかると哀れな奴隷たちは掃除機に吸い込まれるが如く集会室に集まり、4学年から再度叱咤激励を受けます。

そこまで乗り越えた後に消灯という安寧が訪れるかと思いきや、上級生の熱いご指導によって剥がされた名札を縫ったり、カッター訓練への意気込みを綴った所感文を書いたりと夜も夜で大忙しです。消灯後は明かりが使えないため、やむ終えずトイレに行くと個室は大抵は埋まっており、奴隷たちが名札を縫う裁縫工場になっていて使えないのです。

仕方がないので「今日は疲れたから早朝にやろう」と目覚ましをセットすると起きることができず、何も終わっていないまま起床ラッパで朝を迎えるケースも多々有り、朝から途方もない絶望感を味わいます。

一般大学に進学した同級生は春休みに合コンや飲み会、バイトに勤しんでいる頃に防衛大学校では何も仕上がっていない所感文に、絶望する同期が存在していたことを私は決して忘れません。

新入生の着校(4月1日~)

怒涛の3日間(3月29日~3月31日)を乗り越え、4月1日になるとようやく「新2学年(仮)」は「2学年」に昇進する。ここで2学年は袖に桜を一つ付けることが許されます。4月1日になるともう一つ、大きなイベントがある。それは新入生の着校だ。受験戦争から解放され、防衛大学校へ不安一杯でやってくるジャリボーイ達を2学年はいざなう必要があります。

防衛大学校では伝統的に1名の新入生に対して、1名の2学年がフォロー係として着任します。これを「対番学生」と呼びます。なお期別によっては退校者が多く、2学年だけでは新入生持てない場合には3学年も対番学生を持つケースがあります。

ちなみに私のときは「対番学生」の選び方は3月31日に新入生の身上書を指導官から渡されるので、早い者勝ちで選んでいきました。同郷者を選んだり、同じ部活の新入生を選んだりと選び方は人それぞれですが、私は仲の良い友達と名字が同じの北海道の新入生をチョイスしました。そこには選び方に意味が何もなかったのですが、彼はその後に「すすき野マスター」に成長し、「1980円の激安風俗情報」など際どいネタを提供してくれるようになりました。

男たちの安息の地のすすきの

                       

この防衛大学校の着校日は学校側が「10:00~14:00の間に来てください」といったアバウトな示し方を新入生に行うので、着校が早い新入生は10:00に来ますが、遅い新入生は14:00にやってきます。

4月1日は2学年が新入生の対番へ「制服一式の選定」「医務室での健康診断」「指導官への顔合わせ」「作業服の名札縫い」「アイロンがけ、ベッドメイク」など行う必要があり、とにかく時間がありません。私がチョイスした「すすき野マスター」は10:00にやってきましたが、同部屋の新入生は13:00を過ぎて着校せず、焦燥感から貧乏揺すりを繰り返し、気の毒でした。

新しい子分をつれて

なお新入生は2学年の対番が著述した「対番ノート」という攻略本を貰います。この攻略本は2学年が1学年生活の後期に余暇を見つけて作成するアイテムです。そこには寮生活のノウハウが詰めており、イラストや写真を宝石箱のように盛り込んだものや、漫画が描かれていたりとかなり個性が出ます。

私はイラストが描けないのでカラマーゾフの兄弟のような文章だけで練りこんだ大作を「ススキノスキー」にあげました。不評でした。

夕方になると新入生に緑の作業服を着させて、大浴場と食堂に連れていきます。新入生は常に2学年の対番と一緒に行動するため、その姿はまるで往年の名作であるドラクエ5のパパスと主人公のようですが、大きな違いは2学年のパパスは上級生とエンカウントするとすぐに死んでしまう頼りない存在であることです。

即ヤラれるたよりない2学年

楽しい防大生活を味わい新入生

大浴場と食堂から戻ってくると息をつく暇もなく、点呼前の掃除が始まります。この掃除は防大の一大イベントであり、ただ綺麗にするだけではなく、ご指導頂く上級生に命の煌めきを感じさせる必要があるのです。お家芸の高速掃き掃除と直角床磨きに命を燃やし、掃除が終了すると居室に直行します。掃除でヘマをした同期は全然帰ってこないので心の中で安寧を祈ります。

そして上級生が張り切って廊下に吹っ飛ばしたマットレスを元の位置に直します。同伴の新入生はもちろん「とんでもないところきちゃった!」という顔をしていますが、それどころじゃないのでスルーします。そしてベッドを直したあとは急いでパリパリにプレスをした作業服に着替え罵声が飛び交う中央ホールへペンギン走りで集合しにいきます。

上級生の罵声が飛び交う点呼の終了には「よーし、君たちは『○○期』だから今から歓迎の意味を込めて『○○』回腕立てしてあげよう!」というお決まりのコールが始まり、阿鼻叫喚のなか腕立て伏せを新入生たちに見せつけるのが伝統でした。

こうして怒涛の4月1日が終わり、初日に新入生の50人近くが小原台を去っていきます。対番の新入生がやめた同期は3学年から「じゃあ彼をあげるよ」と社長から愛人をあてがわれるような形で、新しい新入生の対番を付与されていた。士官学校は厳しい世界なのです。

後半につづく・・・。

 

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