知られざる陸上自衛官のアフター5⑧

陸上自衛隊の生活は「おはよう」から「おやすみ」まで、一日のラッパの演奏によって仕切られ、ますらお達はその音色で生活をしています。またラッパを演奏するのも隊員であり、彼らは駐屯地という大きなライブハウスを揺るがすために、日々の練習を欠かしません。

夜の隊舎の屋上などからラッパの音色がどこからともなく聴こえ、ますらお達を感傷的な気持ちにさせます。
今回は、このラッパについて語っていきましょう。


バックナンバーは下記からご覧ください。⑦まであります。

知られざる陸上自衛官のアフター5①

ラッパ手は音楽隊の隊員ではなく、一般隊員!

駐屯地のラッパについてはテープ放送でも問題ないのですが、「国旗掲揚のラッパ」「警衛隊上番のラッパ」「VIPが衛門を通過する時のラッパ」の3つは基本的には「ラッパ手の生演奏」にする必要があります。(例外はあります)

第36普通科連隊HPより出典(https://www.mod.go.jp/gsdf/mae/3d/36i/02-5_training.html)


ラッパ演奏は警衛や当直にあたっている部隊が行います。なお駐屯地警衛や当直は各部隊がローテーションで行うので、ほぼ全ての部隊でラッパ手が必要になります。ラッパ手がいない場合は、他の部隊のラッパ手を頭を下げて借りていきます。例えるのであれば「草野球の助っ人ピッチャー」のような状況といったところでしょう。

しかし他の部隊もわざわざ貴重なラッパ手を貸したくないので、調整先の総務幹部から「アナタの部隊もラッパ手ぐらい育成しなさいね」とチクチク言われます。そうした事態を避けるために、各部隊はラッパ出来そうな若手を見繕い、定期的に行われるラッパ教育に参加させます。

ただ陸上自衛隊に入隊する隊員は中学校の音楽の成績は「2〜3」ぐらいの人が多いです。通信簿に「力強く歌うのはいいですが、もっと周りの音を聴きましょう」などと書かれているタイプなので、有望な若手を見つけるのに苦労をします。

自衛隊は基本的に「いいか!お前ら!君が代は音程を無視しても良いから全力で声を出せ!」という世界ですが、ラッパ教育はそうはいきません。本当に音楽の才能がない人間を教育に参加させると「スヒー...ピィ....スヒー..プ」という「スカラッパ」になってしまうので、時間と労力が無駄になります。そうした理由から「吹奏楽部出身」や「夏祭りで篠笛吹いてました」といった経歴の新隊員がくると大変重宝されます。と言いつつも多くの場合そんな隊員はいないので「お前なら根性あるし大丈夫でしょ」「カラオケ上手いからイケる」といったように隊員が選抜され、教育を受けることになります。

第12旅団Twitterより出典(https://twitter.com/JGSDF_12b_pr/status/1240097890913021952/photo/1)

ラッパ教育は普通科連隊や教導隊など、ある程度規模の大きい部隊が担任して行うケースが多く、規模の小さい部隊の隊員は「行ってこい!」と武者修行のように出かけます。なおラッパ教育が厳しいかどうかは、その教官によるところが大きいです。「とにかくラッパできるようになれば良いから楽しくやろうネ」というスタンスの教育から「我が3中隊はラッパ競技会5連覇中の中隊だ!いいか!お前ら!この3中隊でラッパを学ぶと言うことは!最終的には!魂でラッパを吹くって事なんだ!」と日本陸軍顔負けの教育まであるようです。

木更津のヘリコプター団にいた人は「松戸駐屯地でラッパ教育に参加しなさい。松戸は女性隊員多いから彼女できるかもよ」と言われ「やったー。愛のラッパ教育かもしれない」とウキウキそうです。しかし「ごめん。松戸は参加者が多すぎたから、習志野の空挺団のラッパ教育に行って」と変更になったようです。

第12旅団Twitterより出典(https://twitter.com/JGSDF_12b_pr/status/1240097890913021952/photo/2)


愛のラッパ教育どころか、真冬に上半身裸で走りながら水をかけられるランニングから一日が始まる「愛のますらおラッパ教育」だったなんていうエピソードもあります。とにかくラッパ教育は格差が大きいのです。

空挺団Twitterより出典:(https://twitter.com/jgsdf_1stAbnB)

ラッパ教育が終わってからが勝負

そしてラッパは教育が終わったからと言っても安心できません。ラッパ教育が終わった瞬間に「お前は一人前のラッパ手だ!」と言われ、美しいラッパの音を吹かなくてはならないのです。

規模の小さい田舎駐屯地などはラッパが下手でもそこまで怒られませんが、方面総監部などがある大きな駐屯地で「音が出ないスカラッパで国旗降下」をしてしまった時には、総務部長や防衛部長が「おぃぃぃぃぃい!!!!今のラッパ吹いたやつは誰だーーー!!」と怒り狂う海原雄山のような感じでやってきます。そしてラッパ手のみならず、中隊長なども含めてスカラッパの謝罪に行くハメになります。

出典元:雁屋哲、花咲アキラ『美味しんぼ』


こうした事態を避けるために「安定した音色に定評があるラッパ手を高校野球のエースのように酷使します。ヘタクソなラッパ手はなるべく「最終兵器」として使わないようにしますが、災害派遣などがかかると人が居なくなり、最終兵器しか居なくなり、当然ながらスカラッパの連続で大炎上します

そこで「もうだめだ!ラッパ手代われ!」となっても、もっと下手なラッパ手が現れるだけなので、炎上に炎上を繰り返し「ピッチャーの控えがいない高校野球」みたいになってしまいます。そうした事態を避けるためにラッパ手は課業外にはラッパの錬成は欠かせないのです。

なお余談ですが駐屯地の近所には、勝手にラッパレビューをしているおじさんもたまにいます。彼らの中には「今日のラッパはなんだ!ラッパの3中隊にしては大分下手じゃないか!」と謎のクレームを電話してくる人もいます。熱烈なファンには驚かされます。

駐屯地の夜はラッパの音色がきこえる

上記した理由から、陸上自衛官は夜になるとラッパの練習をします。都会の駐屯地では、屋上に上がって、ビルの明かりや渋滞の街並みを見ながらラッパを吹くと「夜風に吹かれた俺は孤独なトランペットマン」みたいな気分になります。

一方で僻地の駐屯地では、街灯ひとつない真っ暗な田んぼが見えるだけなので「何やってるんだろ俺」という気分になります。また田舎は夜になるとシーンとしてるのでラッパの練習をしていると「うるさいから、山の方に向かって吹いて」と先輩に言われることも多いです。先輩に言われた通り山に向かって吹くと、ビックリしたイノシシやシカが山から飛び出してくることがあるようです。

なお知り合いは「ラッパ吹こうとグラウンドに降りたら、猿が交尾してたのを見つけてムカついたから全力で吹いて驚かせたら殺意全開で向かってきたので思わず逃げた!」と言ってました。ちょうど、ドンキホーテの駐車場でイチャついてるヤンキーをからかうとガチでボコられる感じに似てますね。とにかく田舎の駐屯地は野生動物との戦いなのです。

 

つづく

まだまだ続きます〜。
ちなみに本の内容はこんな感じなのでぜひこちらも!


陸上自衛隊ますらお日記

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