防大・自衛隊の思い出をつづります。

地獄にいると心が乾く、陸上自衛隊幹部候補生学校③

幹部候補生学校の厳しく、なかなかハードなものだった。レンジャー経験のある部内幹部の候補生でさえ「レンジャーより幹候校のほうがキツい」と音を上げる人も普通にいた。今回はそんな訓練について書いていこう。

1話、2話はこちら

1.久留米の気候は暑く、雨が降る。

幹部候補生学校での訓練をする前にまず福岡県久留米の気候について話そう。久留米の気候を簡単に言うとまず「暑い」のである。これは「教官・助教の熱気により熱くなり〜」という自衛隊ではお決まりのフレーズではなく、防大がある横須賀より明らかに暑いのである。特に日差しが強烈であり、久留米の日差しは痛いほど暑かったのを覚えている(体力測定をすると日焼けによる火傷で候補生はやられていた)

そして、もう一つの特徴はよく雨が降るのである。久留米の雨はまた強烈であった。「また雨かよ!」というぐらい5〜8月は雨が降り、しかも「ポツポツっ」というアンニュイなシティボーイ的な降り方ではなく、「ザザザ!!バチバチバチっ!!」という益荒男的な降り方の雨だった。土砂降りの中、雨衣を着用して行う朝礼はもはや区隊長が何を言っているかわからないが返事をするほどであった。また防御訓練をすれば大雨、行軍をすれば大雨と「これ、わざとだろ」と思いたくなるような天気だった。

さらに湿度も高く蒸しているので隊舎の廊下が何故かいつも少し濡れているのである。そのため幹部候補生学校は最初の4ヶ月が非常にキツく、最後の訓練は晩秋なので気候的に楽に感じるのだ(実際、最後の100km行軍はそんなキツくなかった)

なお部内幹部は前段(春~夏)と後段(秋~冬)があり、記憶が定かではないが戦闘職種(普通科など)は前段、後方職種は後段に教育を行っていた。部内幹部の前段は一番暑い時期に長距離行軍や武装走を行うので本当にキツそうであった。彼らの訓練は年によっては記録的な猛暑と大雨となり、もともとは若手~中堅陸曹の彼らでも落伍者だらけになることもあり「死の行軍」と言われていた。こうした訓練を行っていると「なぜ九州出身者は良い兵士になるのか」という理由がわかる気がした。九州の気候は兵を強くする気がした。

2.一般大卒との戦闘訓練

幹部候補生学校ではもちろん戦闘訓練も行う。演習場は高良台演習場、大野原、大矢野がメインだ。行うことは普通科の個人動作、班長動作、小隊長動作がメインである。部内幹部が陸曹教育隊で学んでいたことを大卒のBU幹部は短い期間で教育されるのである(もちろん普通科になればBOCで別途教育があるが)

防大卒は多少かじっているので戦闘訓練はなんとなくできるが、一般大卒の候補生はつい最近まで小銃も触ったことのないメンバーばかりだったので、なかなかそうはいかない。そのため一般大卒のメンバーは「たった1ヶ月ちょっとで抜群の戦闘センス」を見せる者から「哀れな学徒出陣兵のような者」まで戦闘訓練の個人差があった。

私の区隊に旧帝大の哲学科出身の候補生がおり、彼は見た目も戦闘センスもまさに学徒出陣兵であった。私はいつも「君の卒業後の初任地はマニラらしいぞ」とイジり、彼は「僕は学徒出陣じゃないんだぞぉ〜」と返してきた。新隊員と異なり幹部候補生学校ではこの手の歴史ジョーク、日本軍ジョークが割と通用した。

また絶望的に戦闘訓練のセンスがない一般大卒の候補生は「前方200 敵の地雷原、敵散兵!」と号令をかけ、付教官に「敵の地雷原に敵散兵いるわけないだろ!!」と激怒され、小隊長動作ではテンパり「全員着剣!突撃用意」と敵戦車の前に言っていた。学徒出陣のインスタント将校の命令を聞かずに、現場のベテラン軍曹が指揮を取っていた末期の日本軍を彷彿させるエピソードであった。つまり戦闘センスと学力というのはイコールではなかったのだ(中には両立している人もいたが・・・)

一方で京都大学工学部出身なのにLAM(対戦車ロケット)を持って演習場を駆け巡り、バトラー(赤外線を用いた模擬訓練)では一人で対抗部隊の小隊を壊滅させるようなボトムズの主人公みたいな候補生もいた。つまり戦闘センスとは勘とアドレナリン、そして不屈の精神であり、センスがある人は最初から強いのである。

出典:日本サンライズ「装甲騎兵ボトムズ」

なお私はバトラー訓練で機関銃を持ったが、空砲を打ち切る気持ちよさに負け、肝心なところで弾切れを起こしていた。ロボットアニメで例えるなら一瞬の光で死ぬモブキャラであり、私は戦闘センスがなかったのである。そのため私は未だにサバゲーにはあまり食指が伸びない。

3.高良山走

高良山走は幹部候補生学校の最初のイベントである。これは高良大社がある高良山という山の頂上目指して候補生たちが駆け上がる持続走競技会であり、登山走であった。この競技会では区隊ごとでタイムを図るとともに、各人順位と言うものが出る。この歴代記録一位は東京オリンピックの銅メダリストであった円谷選手であり、この記録は未だに破られていない。なお円谷選手はマラソンの選手と思われがちだが、本当は10000mの選手であり、10000mでも6位に入賞している。つまり化け物だった。

その天才がメダルの取得後のピークに幹部候補生学校に入校し、生み出された化け物記録であったため自衛隊体育学校で日本選手権にも出場した長距離選手が全力で破ろうとしたが「ちょっとあの記録は無理!」と言って挫折するような記録だ。この記録はおそらく破られることはないだろう。

高良山走は山を走るだけなので、言ってしまえばそんなにキツかった思い出はないが、あえて挙げるのであれば「剛健ゴール」だろう。「幹部たるものは部下の前で疲れている姿を見せてはいけない」という理念のもと、完走後に涼しい顔をしてゴールしなさいという教えがある。これを「剛健ゴール」という。そのため箱根駅伝で大ブレーキをした選手のように倒れたり、膝に手をついてヨタヨタしてはいけないのである。どんなにキツくても「ふう〜まあまあかなぁ」という感じでスタスタ歩くのが剛健の教えなのである。なお、この剛健ゴールは幹部候補生学校の教えなので、新隊員はオラオラした班長の前で剛健ゴールすると「お前妥協してんのか!?」と指導されるだろう。

なお昔はゴール後に全力を出し切り、嘔吐するのが「剛健」とされていたらしい。まあ幹部が全力出し切って嘔吐するのは良くないよね。指揮があるし。

4.次回は行軍と防御訓練編

愛を見たのが幻想なのか。
心の渇きが幻想を生むのか。
行軍の果てに理想を見るのが幻想に過ぎないことは、
候補生の誰もが知っている。
だが、あの瞳の光が、唇の震えが幻だとしたら。
そんなはずはない。
ならば、この世の全ては幻想に過ぎぬ。
では、目の前にいるのは誰だ。

つづく

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