防大・自衛隊の思い出をつづります。

地獄にいると心が乾く、陸上自衛隊幹部候補生学校②

4年間の防大生活を乗り越えた、ぱやぱやに待ち受けていたのは「陸上自衛隊幹部候補生学校」という新しい試練であった。ここは防大のようなぬるい雰囲気はなく、剛健を合言葉に「真の益荒男」を育てる男塾であった。

一話目はこちら

1.再び奴隷階級へ

現在はわからないが、当時の防衛大学校では「1学年ゴミ、2学年ほうき、3学年人間、4学年神様」という言葉があった。そのため4学年のときには「おい、一年ここ靴墨ついてるぞ」と廊下で言うとメラミンスポンジを持った1学年が2~3人すっ飛んできて、必死に床を磨く虐げられたシンデレラのような1学年をぼんやりと見ていた。

しかし、ここでは区隊長(1等陸尉)付教官(2等陸尉)が「おい、ここ靴墨ついてるぞ」と言えば神様だった防大卒の候補生たちはメラミンスポンジを持って廊下に飛び出す。ホウキにちりとり、雑巾の三種の神器を片手に駆け巡り、心の安らぎは暖房便座の機能があるトイレの個室だけであった(ここは非常に人気のあるスポットだった)

魔法のカボチャの馬車も綺麗なドレスも卒業とともに奪われたシンデレラたちは再度いじわるな姉妹たちに鍛えられ、九州のみ販売されているサンポーラーメンとブラックサンダーを食べる哀れな労働者階級になり果てたのだ。

交互に食べていた心の癒し

2.空飛ぶ戦闘服と毛布

そして基本教練も再度行うが防大では基本教練が実はそこまで厳しくないため、ガチガチの基本教練指導に教官たちから熱い檄が飛ぶ「腕が低い!!」「節度がない!!」など散々言われ、最後に「お前らは防大で何を学んできたんだ!!」と熱い指導を受けるのだ。

もちろん、これは「候補生には初心に帰って頑張ってもらいたい」という意味合いもあり、まったく出来ていないというわけではない。しかし私は「う~ん、確かに防大で何を学んでいたんだろう」と卒業式前夜に打ちあがるロケット花火が脳裏に浮かんでいた。

ベッドメイキングをすれば吹っ飛ばされ、朝の点呼時の戦闘服の畳が悪いと吹っ飛ばされ、プレスをすれば細かい皺を指摘され、携帯は没収される。幹部候補生学校には魔法の小人がおり、ちょっとしたものでも直ぐに回収され、教官室に取りにいかなくてはならない。

また教官室も気合を入れていかないと「お前は何でそんなにたるんでいるんだ!」とあらゆる教官からドヤされる。とある日は隣の区隊の付教官が青筋立てて指導をするので、自分の区隊長が何の話をしているのかまったく聞こえなかったこともある。その付教官はいつも青筋立てて、目がイッっていたが実はとてもいい人だった(ただいつも青筋立てて微妙なギャグを全力で言ってくるので笑っていいかいけないか、そこがいつも候補生の悩みどころだった)

つまり防大卒でも特に恩恵はなかった。ただ防大1学年のときは2~4学年は敵であったが、幹部候補生学校は教官・付教官の2名だけが主たる指導者だったので気を抜けるところはあった。しかし彼らも「候補生はどこで手を抜くか」をわかっているため、結局は嵐がたびたび発生するのであった。

3.自衛隊のアスリートたち

現在はわからないが、私の時は一般幹部候補生(BU課程)は防大(B)一般大(U)薬学部卒(P)体育学校出身者(Y)で構成されていた。このB・Uという呼称は任官後も結構使うキーワードとなり、「あの3佐はBだ」という会話があれば防大卒ということになる。なお大卒ではなくても勤続年数・年齢・階級によっては一般大(U)の試験合格により、U´(ユーダッシュ)幹部として入校することができ、自衛隊は学歴であまり線引きを行わない組織であったことも付け加えておこう。

もう一つ、体育学校出身(Y)というのは自衛隊体育学校を引退してやってくるアスリートである。体育学校では競技の成果により階級が決まる。例えば全日本出場クラスは士長、全日本入賞~世界選手権出場クラスは3~2曹、世界大会入賞クラスは2尉~3佐となる。なお大会の成績が素晴らしく、3佐に昇任する場合は一度幹部候補生学校を卒業してから再度選手を続けることに私の時はなっていた(なお3~2曹の選手は引退後は陸曹教育隊へ入校する)

そのため、体育学校出身者には「○○オリンピックで銀メダリスト」や「世界選手権 優勝」クラスがゴロゴロおり、体格も明らかに刃牙のような身体をしている人が多かった。圧倒的なフィジカルエリートではあったが、少しネジが外れている人が多く、「勉強はいつも赤点だが行軍で対戦車ロケット持って平気な顔している女性アスリート」「腹が立つと『お前、俺とボクシングするか?』とすぐに言うヤンキーボクサー」「洗濯洗剤がないから食器用洗剤入れて二層式洗濯機を泡でモコモコにしたマッチョ」などバラエティー豊富であった。

なお彼らは卒業後にコーチとして体育学校に残る人も比較的多く、中には優秀な競技としてWikipediaにページがある人も多かった。「メダルをかじらせて」というと「良いよ」という人もおり、こういう交流は幹部候補生学校ならではの経験だろう。

4.記憶をなくしたスペースコブラ

また一般大卒のメンバーも防大卒よりも遥かに多様であった。東京大学法学部から来た風俗大好き男、予備自衛官補で自衛隊の虜になった京都大学工学部卒の男、自動車メーカーのエンジニアの内定を辞退してやってきた早稲田大学卒の女性、どこも受からなくて幹部候補生学校しか内定貰えなかった男、一般大卒後に部隊経験後に幹部候補生学校にやってきたミリオタ、クラブで100人切りを達成したと豪語する女子大出身者、国士舘大学で空手部だったの一見弱そうな眼鏡、たくさん内定もらったけど自衛隊が一番面白そうだからときた慶応ボーイ・・・など、まさにカオスであった。

自衛隊の一般幹部候補生の試験は「国家公務員(一般職)よりも簡単」と言われているらしいが、組織の特殊性から中には国家公務員(総合職)も合格するクラスがおり、彼らはCGS(指揮幕僚課程)にその後合格し、名実ともにエリートになるケースがある。もちろん「よくわからないけど奇跡的に一般幹部候補生受かった」というメンバーもおり、彼らは彼らの人生を歩む。まあ幸せは人それぞれなのだ。

その中で私が記憶に残っている一般大卒の候補生がいる。彼は旧帝大卒で2年就職浪人をしていたが、紆余曲折の後に幹部候補生学校にやってきた。「やべぇよぉ~」が口癖の彼はいつもドッタンバッタンの大騒ぎを繰り広げ、物がなくなるとよく彼が疑われた(半分ぐらいは彼が原因だった)

私は飲み会で何気なく「2年間何をしていたの?どうして自衛隊に来たの?」と聞いたら、彼はニヒルな笑いを浮かべ「2年間のことはすべて忘れちまったよぉ」と答えた。

彼はその後「記憶を失ったコブラ」と言われ、演習中も「サイコガンで敵のAPC撃破してくれよ」といじられていた。

出展元:COBRA THE SPACE PIRATE

なお一般大卒の幹部は防大卒よりも「上限値が高く、下限値も低い」という傾向があり、防大卒トップよりも地頭が優れている秀才もいる。一方で部内幹部(i)は「経験があるため、平均値は最も高いが上限値は低い」という傾向がある(防大卒はi幹部とU幹部中間ぐらいであった)陸自は同じ幹部の幹部であってもB,U,iでは能力差や個体差が大きいのだ。

4.次回は訓練編

ファウストは、メフィスト・フェレスに心を売って明日を得た。
マクベスは、三人の魔女の予言にのって、地獄に落ちた。
ぱやぱやは空砲で己の運命を占う。
ここ、久留米の街で明日を買うのに必要なのは、命のきらめきと少々の危険。

つづく

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